第66回 もっと子どもの未来のために!
今の民間教育つまり塾産業は、あまりにも局所療法的過ぎるような気がします。
一言で言ってしまえば、受験があるから、それに対して少しでも優位に勝ちたいということでしかありません。つまり、受験の従属物となってしまっています。
そこに登場するのが「偏差値」です。親も子もこの「偏差値」に翻弄され、いわば『偏差値砂漠』の中を流浪の民のように、お互いがいがみ合いながら彷徨い続けるケースも出てきます。
確かに、偏差値を計ることで学力を上げている面もありますので、すべてを否定するわけではありません。局所療法によって命を救われることもあるでしょう。
私たちが言いたいのは、幼児・小学生という子どもの全人格を育成する時期は、根治療法的な、人間全体を含めた見方、考え方でとらえていかなければならない、ということなのです。
そして、能力的にも人間的にも器の大きな人間を育てたいのであれば、子どもの世界に安易に「大人の論理」を持ち込まず、「子どもの論理」に従ってあげるくらいの心の余裕が必要であると思います。
子どもの可能性は、年齢が低ければ低いほど無限に近いものです。
オリンピック選手が小さいうちから親の熱心な指導を受けてメダルを勝ち取った、という話は珍しくありません。
遺伝がすべてではありません。子どもを伸ばすには、環境も大切です。つまり、子どもを伸ばすも伸ばさないも環境次第だと思うのです。
そういった理想的な環境を追求し続けているのがヘーグルです。
へーグルは、子どもの持っている力を最大限に伸ばすためにはどうしたらよいかを考え続けています。
今だけを考えるのではなく、これから長い人生をどのように生きていけば、その子らしく充実したものとなるだろうか?と考えています。
一人ひとりの個性の花が開くことほど、喜ばしいことはありません。
周りの人だけでなく、地球全体が喜ぶのです。逆に、その子しか咲かせることのできない花を咲かすことができなかったら、周りの人だけでなく、地球全体が悲しむのです。
その一つの花が咲くことによって、何千、何万人の人たちが救われるかもしれないのですから。
もしかしたら、周りの大人たちは、勘違いをしているかもしれません。
この子に良かれと思っていたことが、本当は、この子の唯一無二の才能を奪ってしまっているかもしれないのです。
さあ、お父様、お母様、一緒に考えていきませんか?
人生の主人公は子どもたちです。親はよきサポーター役に徹するほかありません。
私たちは、そのよきアドバイザーとしてお役に立てるよう日々精進しています。
子どもが、いつか大きく羽ばたいていく未来の日のために!
Hirotada.H
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コメント
お役に立てて良かったです。
お父さんが守ってくれたことで、お子さんも安心したでしょうし、叱咤された子にとっても良かったと思います。
子どもはいろいろな経験を通して、人との関わり方を学んでいくのだと思います。これから、もっともっといろんな体験をしていくんだと思うと、楽しみですね♪
娘が赤ちゃんだった頃、検診に行ったときに保健師さんに言われた、『口は出さずに気は離さずに』という言葉が、今も心に残っています。
投稿: neko | 2009年4月 3日 (金曜日) 午後 10時24分
nekoさん有難うございました。本当にそうだったようです。
昨日、子供と出かけた場所で、親に放置(言葉が悪いですが)された小学2年生くらいの子供がおりまして、私たちの周りをチョロチョロしていました。だんだん、自分をアピールしてきて、終いに息子の持っていたおもちゃを無理やり取ろうとしましたが、息子はまだ言葉が出ないので「やめて!」とは言わないまでも、ふんばって取られずに頑張りました。
しかし力の差がありますので(1歳と8歳くらいの子ですから)、最後少年が力をさらに入れたところで、主人が
「小さい子のおもちゃを取るんじゃない!」と叱咤し、終わりました。
お友達の時に手放すのは「返してくれる」と言う安心感があるのかも知れません。しかし、昨日のような見知らぬ子供に対しては「宝物を奪われてはいけない!」と咄嗟に思ったのでしょう。
アドバイスありがとうございました。
投稿: かおりん | 2009年4月 2日 (木曜日) 午後 09時48分
うちの娘もそうでした。取り合いになるよりも、我慢してでもお友だちに譲る方がいいみたいなんです。
似たような体験をした者として言わせていただくと、よほど乱暴に取り上げられたりしない限り、本人に任せていいと思います。
1歳の子がすることですから、持って生まれた性格なのだと思います。大切なおもちゃでも譲ってあげられる、優しい子なのでしょう。
私は、なるべく口を出さないようにして、子供同士で交渉(?)するのを見守っていました。
お友達の中に、自分では何も言わずにいつもお母さんに代弁してもらっている子がいて、それはよくないなぁと思ったからです。
ただし、嫌なら「いや」と言ってもいいんだということと、貸すなら後から文句を言ったりせずに気持ちよく貸してあげる、ということを、小学生くらいまで事あるごとに話していました。
おもちゃを手放した後に寂しそうにしていたら、「貸してあげてえらかったね」などと褒めてあげたらどうでしょう?
競争社会で勝ち残る方法よりも、譲ることは良いことで、良いことをすると気持ちが良い、ということを教えてあげたいと、私は思います。
投稿: neko | 2009年3月25日 (水曜日) 午前 11時19分
いつも興味深く拝読させていただいております。うちの子はまだ一歳なので成績と言うよりも、教育方針についていつも夫と夜遅くまで語っています。
先日こんなことが続きました。
お友達に自分の大好きで大切なおもちゃを「貸して!」と言われると寂しそうな顔をして、下を向き「ぽろん」とおもちゃを離してしまうのです。そして相手に渡ったおもちゃをしばらく
寂しそうに眺めております。
私もつい理不尽に自分の子より他の子をついつい優先しがちです。それがいけなかったのか・・・と悩んでおります。
こういった場合「●●が遊んでいるから、遊び終わったら貸すね!」と言えばいいのでしょうが?相手も同じくらいの年の子なので通じるわけもなく・・・。それでもHEGLに通われているお子さんやお母様方は皆さん素晴らしい方ばかりなので割と安心しているのですが、育児支援センターなどいろいろな方が集まるコミュニティーだとそうはいきません。
こういった場合親はどのような態度で各々の子供に接すればいいのでしょうか?
将来、嫌でも競争社会に出て行かないといけないのに、これでは少し心配になっております。
投稿: かおりん | 2009年3月22日 (日曜日) 午後 11時32分